中学校教師からアパレル店員へ

私は大学卒業後、地元の教育委員会が実施する教員採用試験に合格し、中学校の英語教諭になりました。私は英語の楽しさを子供たちに伝えたくて教師になりましたが、授業で英語を教える「教科指導」は教師の仕事内容の2割くらいで、あとの8割は担任業務、生徒指導、部活動指導、PTA活動、道徳・総合や行事の企画・運営などの業務であり、新任教師が任される仕事量は大変多く、多様でした。

学校外に出て行うパトロールや地域清掃などのPTA活動も教師が関わっていますし、土日も部活動の練習や試合で終日出勤するので、授業研究や準備の時間は限られ、毎日が多忙を極めました。教師として自分の能力の限界を感じていたのと、多忙のあまり結婚が先延ばしになっていたこともあり、担当していた生徒の卒業と一緒に教職を辞め、週1日は休みが取れて、英語も活かせる仕事へ転職しようと決意しました。

英会話ができた事とファッションに興味があった事が幸いして、外国人観光客が多いアパレルブランドへ転職することができました。アパレルブランドでは店舗に派遣され、店長や店舗スタッフと同様に接客・販売、在庫整理を行い、商品管理の効率化や販売戦略を考え、商品の配置を変えたりするのが主な仕事です。店舗外では研修を通して接客スキルを磨いたり、商品の素材や名称などの知識を増やしたり、販売員や社員としての技能向上を目指します。

前職と比べて大きく違うのは、できる仕事の幅が狭く、「売上を伸ばす」という単一目標のもとに、社員、スタッフ、アルバイトが、毎日ほぼ同じ業務を繰り返しているということです。教師の場合、達成すべき目標は活動内容や生徒によって異なりますし、教師一人一人がそれぞれ複数の企画・仕事を抱えて学校内を行き交い、それぞれ独自の方法で目標を達成していきます。

アパレル業では上層部の指示のもとに入荷が行われますし、デザインや売価変更、セールの時期も全て決められているので、実際の売上向上につながる企画を自由に考え実施するのには限界があります。上司に決められたことを行い、その単調な仕事をする上でも「報告・連絡・相談」を徹底するのが、一般企業での働き方なのかと改めて感じました。

また、教師もアパレル販売員も「人に関わる仕事」ですが、生徒や保護者の人生に関わる教育業とは違い、お客さんの興味・感心や表面的な会話に重点を置くアパレルは、人としての成長があまり期待できないような気がします。会社側からの待遇面で、お給料やボーナスはやはり前職に比べれば格段に下がりましたし住居手当などもつきませんでしたが、週休2日で残業がほとんどないことを考えると、特に不満はありませんでした。学校の職員室とは違い、職場は解放的で居心地が良かったですし、気難しい人はおらず、みな同世代のコミュニケーション能力の高い人ばかりだったので、トラブルも少なく、ストレスとは無縁の環境でした。

転職する前、ブランドショップ店員は敷居が高くて華やかなイメージでしたし、好きなブランドの会社に就職できたら、長く貢献するものだと思っていました。しかし、実際は従業員の流動性が激しく、色んな年齢の人が出たり入ったりしている業種で、女性は結婚もしくは出産したら辞める人が多かったです。私が勤めたブランドは20~30代をターゲットにしていたので、一定の年齢を超えると自社ブランドが着こなせなくなり、流行りのファッションをコーディネートするのも難しくなってきます。ブランドの各店舗を支えているのは入社して3年以内の社員やアルバイト店員がほとんどでしたし、長く勤められる業界ではないと感じました。

異業種に転職して成功するためには、前職での不満が解消されるか否か、自分の能力が活かせるかどうか等を、最低限確認する必要があります。私の場合、ボーナスなどの待遇面よりも「休暇日数」、「残業の有無」、「英語力が活かせるか」が一番重要でしたので、会社説明会では必ず確認していましたし、その点では良い転職ができたと思っています。しかし、前職で色んな業務を任され評価されていたこともあり、転職先で与えられた簡単な仕事をつい疎かにしてしまい、仕事の量が増えた時に効率が悪くなったことや、自分では上出来だと思ったことも上司が望む結果ではなかった、という失敗もありました。やはり、異業種への転職では、前職で培った能力や人としての経験値さえも別の職場には当てはまらないこともあると思いますので、自分をあまり過信せず、新人だった頃のように初心に帰って学び直す姿勢が大切だと思います。